(2010年7月29日取材)
秀吉清正記念館のある中村公園とその界隈には、豊臣秀吉、加藤清正ゆかりの施設が数多くある。
公園正面入口の鳥居をくぐり、太鼓橋を渡ると豊国神社がある。
地元有志が、当時の県令(県知事)国貞廉平の尽力を得て明治18年(1885)に秀吉を祭神として創建。出世、開運、茶道、建設などにご利益があるといわれている。旧正月に生誕祭、5月18日直前の日曜日に太閤祭が行なわれる。
神社の裏手には「豊公誕生之地」の碑がある。
明治16年(1883)に国貞県令がここを訪れて、この地を保存するために「豊公誕生之地」と自ら書いた木製の標柱を建てた。現在の石碑は明治44年(1911)に当時の知事が建立したもの。
神社正面向かって右手には子供たちの群像がある。昭和58年(1983)に制作された「日吉丸となかまたち」―。
わんぱく盛りの日吉丸(秀吉の幼名)らをモデルにした作品だ。
神社正面向かって左にあるのがひょうたん池。
池のほとりにある八幡社は、加藤清正が出陣にあたって、必勝祈願したと伝わる。また名古屋城築城の際には清正が、ここにあった大木を伐採したという。
公園に隣接してゆかりの寺が二つある。
まず常泉寺―。
慶長11年(1606)に清正が秀吉を祀るために創建したといわれる(1623年創建説も)。ここは秀吉の継父・筑阿弥の宅跡で、秀吉生誕の地といわれる(中村区下中村町説も)。境内には秀吉の銅像のほかに、秀吉の産湯に使われたと伝わる井戸がある。
常泉寺の近くにあるのが妙行寺―。清正の生誕地といわれる。
この寺はもともと別の場所にあった。慶長15年(1610)の名古屋城築城のときに、清正が城の余材を使って、自分の生まれた場所に再建したのが現在の妙行寺という。
境内には清正公堂というお堂があり、堂前に吊るされた多数の風鈴が涼しげな音を立てていた。
堂横の庭園には文化7年(1810)建立された「清正公誕生之地」の碑―。
清正の没後350年祭を記念して建立された銅像も境内にある。
秀吉も清正もその功績によって、神格化された。しかし、2人のふるさとの中村公園界隈を歩くと、かつて実在した人物であることが実感される。彼らも九の市や喫茶店で聞いた名古屋弁をしゃべっていたのだろうか?
野心に満ちて、機知に富んだ日吉丸や夜叉若(清正の幼名)が歓声を上げて公園を駆けまわる姿が脳裏に浮かんだ。
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コメント、ありがとうございます。記事にも書きましたが中村公園周辺は史跡の魅力に加えて、街の雰囲気がいいですね。名古屋弁が飛び交う喫茶店は最高です。中年の私なんぞはすごく落ち着きます。「少し前の名古屋」の香りが残っています。名駅、栄から名古屋の昔の風情が消え行く中、ここはディス・イズ・ナゴヤです。ぜひお出かけください。
加藤俊男 | 2010年8月10日 21:29 | 返信
秀吉や清正の生誕や功績など武将観光の魅力ある地域ですね!
緑の木々に囲まれた社や佇まいが歴史を感じますね。
海部郡蟹江町龍照院には、秀吉お手植の大銀杏などがあります。
観光資源として、郷土の誇り、町づくりに活かしたいものですね!