あいち大人の休日(7)名古屋大仏とねむり弁天~桃巌寺

投稿者名 : 長坂 | 日時 : 2009年12月15日 10:30

 織田信長の父信秀の菩提寺で名古屋大仏とねむり弁天で知られる名古屋市千種区の桃巌寺(とうがんじ)を訪ねた。(2009年9月10取材)
 名古屋市営地下鉄「本山駅」を降りて、ファッショナブルな店が並ぶ四谷通を名古屋大学方面に向かう。緩やかな坂道を歩くこと5分、左手に桃巌寺の入り口が見えてくる。

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 玉砂利を踏みしめながら木立のトンネルを抜けると「清浄門」、門をくぐって境内に入ると竹林から焚き火の煙が上がっている。風が笹の葉をこすり合わせる。

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 清浄門入って左手に紅白の派手な門がある。本堂への入り口となる「不老門」である。その形状から俗に「龍宮門」ともいう。このあたりから同寺が「只者ではないムード」が漂い始める。

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 低木や巨石が配された本堂前の庭は手入れが行き届き美しい。
 「よくおいで下さいました」
 迎えてくれたのは第26代住職の織田楳仙さん、御年85歳。
 「当寺は天文18年(1549)に信長公の父信秀公が亡くなった後に、二男(信長の弟)信行公が創建された信秀公の菩提寺です。現在の地に移転したのは正徳2年(1712)ですから300年近くになりますな」

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 境内は4000坪余り。四季折々の花を咲かす本堂前の庭の一角には信秀の廟所がある。本堂から見る庭の様子も格別だ。

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 桃巌寺は血縁ではなく出家相続の寺で、織田住職は10歳で同寺の小僧になった。
「兄弟子が多く、3度も実家に逃げ帰りました」と笑う。「36歳で寺を継いだ後に、仏教誕生の地のインドを旅しました。生活に深く根付いた神様の姿を見て、宗派にこだわらず広く門戸を開いた寺にしようと思ったのです。私に信長の血は流れておりませんが、気分は桶狭間ですな」。ご本尊の聖観世音菩薩が安置された本堂には、「片手を触れるだけで過去の悪行が消滅する」という巨大木魚や巨大なおりんなどが鎮座する。

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 だが何はおいても見逃せないのが、ねむり弁天だ。
 「信仰すれば安眠して美しい夢が見られます」
 「なまめかしいですね」
 「水の神様ですから服を着ておりません」

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 弁天さまは琵琶を弾いていることから技芸の神としてもあがめられ、同寺には多くの芸能人が参拝する。故人では落語家の桂文楽、柳家小さん、喜劇役者の渋谷天外、歌手の江利チエミといった大御所や俊ちゃんこと歌手の田原俊彦ら参拝に訪れた芸能人たちの貴重写真が本堂に並ぶ。

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 さて、いよいよ名古屋大仏である。本堂前の庭から石段を下ると荘厳なお姿が拝見できる。台座の高さ5メートル、仏像の高さ10メートル。青銅製で、説法をしている釈迦の姿をしている。昭和62年(1987)完成。手のしぐさは織田住職がモデルとなった。口、耳などには金箔が施され澄み切った空に光を放っていた。

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 「台座はハスの花が配されることが多いのですが、陰気くさいので(笑い)象にしました」と織田住職。象は10頭で雄7頭、雌3頭。よく見ると性別が判るようになっている。

 少しはなれたところに、大仏のものと同じ大きさの手が安置されている。手越しに見ると大仏様が手の上に乗っているようだ。写真を撮ると合成写真みたいになった。

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 360度。どこから見ても味のある大仏様であった。

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 親しみやすく、癒される大仏様。「なぜ、また大仏様をお造りになったのですか?」
 そう聞くと、織田住職はこう答えた。
 「まあ、登山家が山頂にピッケルを置いてくるようなものですな」

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問い合わせ

桃巌寺
住所 名古屋市千種区四谷通2の16
電話 052-781-1427


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コメント

Deandra | 2011年12月17日 16:13 | 返信
This introduces a plseanilgy rational point of view.

志央☆ | 2009年12月17日 19:56 | 返信
よく夏の早朝にカブトムシを捕りに行きました
テレビでも大きな木魚は取材されていた記憶がありますね☆
最近は登校中に大仏様の頭を拝むだけになってしまいましたが…

県庁の★(クロボシ) | 2009年12月17日 14:50 | 返信
我輩も、若かりし頃、11年間、名古屋の寮で住んでいましたが、桃厳寺は一度も、行ったことがありませんでした。

名古屋人、例えば、今、旬の河村たかし市長などは、皆、知ってるんでしょうか。

知ってるとすれば、知る、知らないで、名古屋通かどうか分かりますよね。

我輩は、足助18年間、名古屋11年間他1箇所で、今は、豊田市内です。

井の中の蛙みたいなもので、他所を知らないので、意外に、外へ発信できる資源を知らないでいるのかもしれません。

日頃から、何とか、観光愛知にしたい。地域活性化させたい。と言う気持ちだけは、あるのですが、何せ、この石頭、情けない限りです。

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