(取材日:2012年2月9日)
◆名古屋・栄地区の真ん中にある静寂空間
デパートやオフィスビル、ファッションビルが建ち並ぶ名古屋・栄地区の真ん中に、七宝焼きの名品鑑賞ができる場所があることをご存知でしょうか? その名は「七寳藏部」(しっぽうくらぶ)。七宝・美術工芸品の老舗・安藤七宝店名古屋本店がある名古屋クロイゾンスクエア内にあります。
派手な看板はなく、建物じたいは大通りに面していないため、入口はうっかりすると見過ごしてしまうかも。入口は北側、南側の2か所あり、コの字型の施設になっています。とくに北側の入口には七宝焼きの作品が壁にディスプレイされているので、それを眺めながら進むと楽しいです。入るのを躊躇してしまう人もいるようですが、怖くないので、ぜひ勇気を出して進んでみてください(笑)。
アプローチを抜けると、その先には中庭のある、こんなステキな空間が待っています。
名古屋クロイゾンスクエアは、2002年10月にオープンした複合施設。「安藤七宝店名古屋本店」をはじめ、安藤七宝店所蔵の七宝コレクションを展示する「七寳藏部」、テナント入居のブティック、レストランから成っており(レストランは2012年3月にリニューアルオープン予定)、2004年には「愛知まちなみ建築賞大賞」を受賞しています。それにしても大通りから一歩入っただけなのに、こんなに静かで落ちついた空間が広がっているだなんて。展示会やコンサート、披露宴会場として人気の場所というのも、うなずけます。
◆大正時代の蔵の中で、七宝鑑賞
もともとはこの敷地、安藤七宝店本店と事務所、工場、自宅、そして蔵があった場所。かつての安藤七宝店本店は木造平屋づくりの建物で、これは戦後、初代社長が馬籠宿の脇本陣であった江戸時代の酒蔵を気に入り、この地に移築させたものでした。老朽化のため平成元年(2002年)に取り壊され、現在の名古屋クロイゾンスクエアへと生まれ変わりましたが、大正時代に建造されたという蔵だけは戦火をかいくぐり、中に収められていた七宝コレクションとともに今も残っています。
そして、この蔵こそが現在「七寳藏部」として、広く一般に公開されている七宝コレクション展示施設。年3、4回企画展を開催しており、安藤七宝店代々の作品と、資料として収集された各地の七宝焼き約300点の中からテーマに沿った作品を選び出し、展示しています。
お邪魔した日は、大正時代の七宝作品を集めて展示中(※作品は、展示替え等により内容が変わることもあります)。入館料は大人300円(学生200円、中学生以下100円)ですが、クロイゾンスクエア内で商品購入した人は無料で鑑賞できるそうです。七寳藏部は2階建てで、いずれ劣らぬ名品が並んでいました。
粘土を焼成する陶磁器とは違い、七宝焼きの素地は、銅や銀などの金属。墨で描いた下絵に沿って垂直に銀線をつけ、その後、おもにガラスでできた釉薬を乗せて焼成します(釉薬差し・焼成の工程は、1作品につき数回実施)。耐久性があり、劣化しにくいという特長があるほか、素地や釉薬を活かした輝き・深みのある色合いも、七宝のもつ魅力の1つ。写真の作品は、「雉子形七宝香炉」(大正末期・安藤重兵衛作)。キジをかたどった部分は蓋にあたり、香炉本体は右側。双方細部まで手が込んでいて(鳥の羽根1本1本まで!)、感心を通り越して驚愕するばかりです。
じつは七宝焼きのルーツは日本ではなく、中近東。シルクロード経由で中国から日本に渡ってきたものです。後にその魅力に取り付かれ、独学で研究を重ねて尾張七宝(有線七宝)の基礎を編み出したのが、江戸時代末期・尾張藩士の次男である梶常吉。以降、その技術を様々な名工がブラッシュアップし、世界を感嘆させる芸術品へと昇華させました。尾張七宝は、平成7年に経済産業省認定の伝統的工芸品になっています。
館内は撮影禁止ですが、今回特別に許可をいただいて撮らせていただきました。少しだけ展示作品をご紹介いたしましょう。
この作品は「葡萄文透胎七宝鉢」(大正中期・権田広助作)。"透胎"とは、素地板を使わず、枠だけを用いてガラス釉薬をほどこし、ステンドグラスのように光を透過させる技法のこと。七宝って、そんなこともできちゃうんですね~。さらに鉢の底を覗くと、2匹の蜂が仲良く遊んでいました。なるほど。鉢なだけに、蜂...(かどうかは定かではありませんが)。
そして、こちらは七宝のお約束ともいえる覆輪(装飾的な意味で器の上下につける、金や銀の縁どり)がなく、一見赤絵の陶器にしか見えない「赤絵写文七宝鉢」(大正中期・安藤七宝店造)。
じつは下側に銀の覆輪があるので、それで「あ。七宝なんだ」と判別できますが、素人が見てもまったくわかりませんよね。館内には七宝の可能性を追求する実験的な作品が多くて、まず、その心意気に感動します。
そして、こちらは「嵐山筏乃図七宝額」(大正初期・安藤七宝店造)。一見素朴な日本画のように見えますが、じつはすべて七宝でつくられた作品。
七宝で色のグラデーションを表現するには、水彩絵具のように、水で薄めればOKというわけにはいきません。あらかじめ濃淡すべての色(釉薬)を作り、それらを自然になじませる熟練の技で、グラデーションに"見せる"しかないのだそう。そうと聞くと、俄然この作品の見方も変わってきます。これだけ自然に見えるってことは、この1枚にはものすごい釉薬の数と技術が集約されているってことですよ。
安藤七宝店の技術は、さまざまな場所で活かされています。花瓶やテーブルウェア、宝飾品などのほか、日光東照宮坂下門の七宝金具補修に取り組んだり、伊勢神宮の遷宮造営に際する七宝据玉なども奉納しています。宮内庁への製品納入も多く、写真は大正6年、裕仁親王(昭和天皇皇太子時代)のご成婚記念に受注製作した「有職文太鼓型七宝置時計」。
時計盤の数字部分もすべて七宝で製作されているのですが、時計の針が通過しても引っかからないよう、七宝をフラットに仕上げるのには、ずいぶん苦労を重ねたのだそう。
今では職人さんの数も激減してしまいましたが、尾張七宝は後世にも伝えられるべきオンリーワンの技術だと思います。本当はすべての作品をご紹介したいところですが、続きはぜひ、現地でゆっくり"至近距離で"ご覧くださいね。
◆敷地内には、ほかにもさりげなく見どころが...
七寳藏部の周りには、中庭のつくばいをはじめ、戦前からこの地にあったものも所どころに配置されています。よく見ると、つくばいや燈籠の奥にある石には戦災で焼けた跡が残っていますし、蔵の土台部分には、割れた敷石も見られます。
そうそう、中庭のつくばいをガラス越しに眺めていたときに、七宝つなぎ文様をモチーフにした飾りがついているのに気がつきました。じつはこれも七宝でできているんですよ。
ここだけではありません。トイレや七寳藏部入口など、見渡せばあちこちに七宝製のサインが。さすがは七宝のプロ。
もちろん本店にはあらゆる七宝製品が揃っています。外国人向けのお土産スポットとしても人気のようです。
ふだんはラウンジにも作品が展示されていますが、多目的スペースとしてレンタルすることも可能だそう。このロケーションでの演奏会や作品展なら、お庭や七宝作品を眺めながら、優雅なひとときが過ごせそうですね。
都会の喧騒に疲れたときやショッピングの合間に、ふらりと立ち寄ってみてはいかがでしょう。









