扶桑町を歩いて二つの史跡を見る~長泉塚古墳と船塚古墳

(取材日2012年1月19日)
先日、愛西市の奥津社古墳を見て感動した記者は、引き続き県内の古墳を見てまわることにしました。
本日訪れたのは扶桑町。
名鉄扶桑駅から歩いていける距離に二つの古墳があるとうかがい、やってきました。
まず駅からほど近い「船塚古墳」に行ってみます。
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駅の南西、やや通りから入った場所にあるので、少し見つけるのに苦戦するかもしれません。
扶桑東小学校のあたりまで行くと、看板が見つかります。
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船塚古墳は扶桑町の指定文化財。
6~7世紀ごろの豪族のお墓と考えられていますが、被葬者ははっきりしていないそうです。
須恵器などが出土しています。
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古墳の形は前方後円墳なのですが、方形の部分が道路によって削り取られ、現在は後円部が残っています。
現在は玄室の一部が露出しています。
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古墳の上に祀られている弁才天社は、いつからか「船塚神社」と呼ばれるようになりました。
船塚古墳は近隣の方々の努力で修復、整備され、現在の素朴で落ち着いた姿を保っています。
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続いて長泉塚古墳を目指します。
国道41号方面に歩いていくと、古墳の方向を示す看板がありました。
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通りを進むと高い木々と小丘が見えてきました。
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長泉塚古墳は愛知県の指定文化財。犬山扇状地の台地面に立地する二段円墳です。
大きさは基底部で西北から東南の径が29メートル、東北から西南の径が21.3メートルです。
高さ1メートル前後の基段の上に、さらに高さ2メートルほどの上段の墳丘を積み上げた二段築成となっています。
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一部に周溝らしい痕跡をとどめており、小規模ながらも形の整った円墳です。
古来より地域に暮らす人々の信仰の対象として崇められてきました。
尾張地方の古墳文化を考えるうえで、貴重な歴史資料といえる史跡です。
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古墳から力強く生えた木々からは、何か強い生命力を感じます。
そして神秘的でもあります。
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古墳の前は公園。近隣の子ども達の遊び場になっています。

船塚古墳と長泉塚古墳-。扶桑町を訪れた際は、ぜひ御覧ください。


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