愛西市で古墳を眺め、詩人を学ぶ~奥津社古墳、梶浦正之特別展

(取材日2012年1月14日)

本日は愛西市に「奥津社古墳」を見にきました。
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「奥津神社」とその周辺がそのまま古墳の場所なので、神社を目指してくるといいでしょう。
名鉄津島線の勝幡駅で下車すると、徒歩15分ほどで到着します。
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奥津神社です。
神社が鎮座する周りより小高い、この小丘そのものが古墳なのです。
高さは3.3m、直径は25mです。
4世紀の中頃に築造されたと考えられていて、尾張地方では最古の古墳だといわれています。
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奥津社古墳からは弥生時代後期土器、古式土師器などが出土しています。
神社に古くから所蔵されていた三面の鏡も古墳からの出土したものと考えられています。鏡面の縁が三角形で、その内側に神像や獣形の文様が配されているので「三角縁神獣鏡」と呼ばれています。
尾張と畿内の政権との関係を知る貴重な文化財であり、昭和52年(1977)に県指定文化財となっています。現在は名古屋市の熱田神宮に納められているそうです。
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古墳の周りを一周。神社の後ろ側からも撮影しました。
古墳好きも、神社仏閣好きも、ぜひ訪れてください!
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奥津社古墳を撮影した後、「愛西市八開郷土資料室」に向かいました。
現在、愛西市勝幡町で生まれた詩人「梶浦正之」の特別展が行われています。
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梶浦正之は当時の「海部郡佐織村勝幡」の庄屋の家に生まれました。
若くして詩集を発表し、多くの文化人と交流しながらも佐織町に住み続け、東海の文化発展に尽力しました。
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詩集などの他、同じ海部郡出身で慶応義塾大学文学部の主任教授になった詩人・野口米次郎をはじめ、西条八十、高村光太郎、堀口大学ら錚々たる人々との書簡が展示されています。
この豊かな交遊関係を見ると、東京での活動も問題なくできたと思われます。しかし最後まで東海の地にあり、戦争や伊勢湾台風も地元の人々とともに乗り越えていったのです。
他にも政治家としての活動や、愛犬家としての一面など、梶浦正之の多彩な姿が紹介されています。
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戦後唯一の作品は母校「佐織中学校」の校歌だったそうです。
昭和41年(1966)に63歳で生涯を閉じました。

「叡知と情熱の詩人 梶浦正之」の特別展は、2月11日まで。

会場 八開郷土資料室
開室時間 9時~17時。月曜休室。
住所 愛西市江西町宮西30-1
問い合わせ先 0567-37-4181(八開郷土資料室)

古墳を見て歴史に思いを馳せるもよし、詩人の人生を学ぶもよし。
愛西市への旅を楽しんでください。


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