山本勘助のふるさとで名物「豊川いなりうどん」を賞味!~豊川市

 豊川市の名物といえば、いなり寿司。今や愛知県のB級グルメの代表選手だが、最近新たな名物が登場した。その名も「豊川いなりうどん」―。いったいどんなうどんなのか?豊川市にレッツゴー!(2011年11月28日取材)


 「豊川いなりうどん」をプロデュースしている豊川麺類組合に事前調査すると、取材先として同市南大通にある「うどん、そば処 膳丸」さんを紹介してくれた。


 JR牛久保駅で下車する。駅から北西にある膳丸さんに行く途中には、戦国時代の名軍師・山本勘助ゆかりの史跡が点在している。せっかくなので取材の約束時間まで史跡巡りをすることにした。


 こちらは勘助の養父の屋敷跡―。

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 勘助は明応9年(1500)に現在の豊橋市賀茂町に生まれ、15歳のときに現・豊川市牛久保町に住んでいた牧野家家臣大林勘左衛門の養子になった。26歳のときに全国武者修行の旅に出るまで、この地で過ごしたとされる。


 そこからしばらく北西に歩くと長谷寺―。

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 境内には勘助の墓がある。

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 勘助はこの寺の住職だった念宗和尚と親しく、45歳で甲斐(現山梨県)の武田信玄に仕え、入道した際に剃髪した髪を和尚に託した。その後、勘助は智謀をもって戦国の世に名をはせるが永禄4年(1561)の川中島の合戦で討ち死する。
 その死を悼んだ和尚が、手元に残された勘助の遺髪を埋めて建立したのがこの五輪塔という。


 名軍師の墓に取材の成功を祈願して膳丸さんに向かう。
 膳丸さんは長谷寺のほど近く、豊川市民病院の前にある。「豊川いなりうどん」と書かれたきつね色の幟がはためいている。

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 「いらっしゃい!」―。快く出迎えてくれた店の大将桑高健一さんが早速、豊川いなりうどんを出してくれた。

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 愛知県は古くから小麦の名産地で製麺が盛んな土地柄。うどんは東三河の人々にとって「ソウルフード」である。「しかしこのところの不況で業界に元気がなかった。そこで食文化を生かした新しい名物を開発しようと麺類組合で昨年、協議を重ねました」と桑高さん。


 こうして昨年秋に完成したのが「豊川いなりうどん」だ。

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 豊川いなりうどんの特徴は、何といってもトッピングされた餅入りの油揚げである。

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 「開発時、豊川いなり寿司がブレイクしていたので、いなり寿司に見立てたものをうどんに添えようという方針が決まりました。しかし、いなり寿司のように油揚げを煮込んだものはうどんに乗せてもマッチしませんでした。そこで照り焼きにした油揚げにしたところこれが合った。さらにある組合員の発案で油揚げに餅を入れました」(桑高さん)


 いわば餅の入った「力うどん」と油揚げの入った「きつねうどん」が合体したようなうどんだが、食べてみるとまったく違う。

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 餅入り油揚げをいただくと、まずは照り焼きにした油揚げのカリッとした歯ごたえの後で、香ばしさが口に広がる。続いてもっちりとしてほのかに甘みのある優しい餅のうまみが追いかけてくる。男性的な気風のよさと女性的なまろやかさの競演だ。


 「餅入り油揚げというとおでんダネの巾着を連想されると思いますが、油揚げを照り焼きにしたことでパンチのある風味になりました。お祭りなどでブースを出していますが、この餅入り油揚げだけを購入される方もいるほど人気です」と桑高さんはにっこり。


 さて、もう一つの特徴が豊川市特産の大葉を入れること。膳丸さんでは生でトッピングしているが、さわやかな香りがアクセントになっている。

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 そして出し汁は「かけつゆ」「カレー」「あんかけ」のいずれかというのが条件。
 今回いただいたのは、「かけつゆ」。汁は東三河独特の「赤つゆ」で、砂糖、みりんを用いた汁は、ほのかに赤い色をしている。

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 シイタケ、ニンジン、ミズナ、エノキなど野菜たっぷりでヘルシーなうどんだ。


 取材段階で、豊川市内の15店が豊川いなりうどんを提供しているが、各イベントにも出店。ストロベリーフライロケッツの辻幸平さんが応援ソング「豊川いなりうどんの歌」を制作、知名度がぐんぐんアップしている。
 頑張れ!豊川いなりうどん!
 


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