(2010年6月24日取材)
前回紹介したように、手筒花火は放揚者(打ち上げる人)が自分で製作する。吉田神社で行われる豊橋祇園祭では八つの町の氏子それぞれに「秘伝」の製造方法があるが、基本的には 1.竹切り 2.節抜き 3.鏡(噴出口)の取り付け 4.縄巻き 5.火薬込み―の順番で行われる。
昔は大きな手筒花火があったが、現在は詰める黒色火薬の量が5斤(きん)=1斤が約800グラム=までと決まっている。竹の長さは80~95センチ。内径は3斤のもので9センチ、5斤のもので11センチぐらいだ。完成すると重さは8キロほどになる。
「竹は4、5年ものの孟宗竹で切り口がまん丸のものを探してくる。今はなかなかなくて、切り出す竹林の場所は秘密にしている」と豊橋祇園祭奉賛会の稲垣昭八会長。
火薬の取り扱いは法律によって規制されている。このため手筒花火を作る氏子たちは毎年6月初旬に講習会を受け、花火製造業者の臨時従業員という立場で業者立ち会いの下、製作する。
火薬を詰めるのは祭りの前日。火薬は黒色火薬で混ぜる鉄粉の大きさによって小中大などの種類がある。それを順次詰めていくことで噴き上げる火柱の勢いや音を変えることができる。
講習会を終えると6月中旬から各町内で氏子たちが集まり竹切りを皮切りに手筒花火の製作が始まる。
その一つ、上伝馬町で縄巻きが行われていると聞き、作業場を訪ねた。夜7時半、東海道沿いの豊川近くの作業場には若者や中高年の氏子たちが集まり、真剣な表情で作業をしていた。
「今年は6月13日から竹切りをしました。縄巻きを始めたのは今日(23日)から。今日明日の2日間で仕上げる予定です」と同町の氏子で奉賛会の副会長でもある酒井数美さん。
同町の今年の放揚者は18~53歳。作業場では初心者の若者らにベテラン、中堅たちが付いて指導していた。竹にまず南京袋を巻いて、さらに細縄、その上から太縄を巻いていく。
「縄を巻くときは2人の呼吸を合わせる必要がある」という酒井さん。こうした作業を通して、年齢を超えたコミュニケーションが生まれる。
かつては手作業だけだったが、現在では手回しの機械を使ってしっかりと巻いているグループもいる。
手筒花火を持つ「持ち手」も縄で作っていく。
「私は18歳から放揚してきた。当初は夢中で花火の熱さを感じなかったが慣れるに従って熱さを感じるようになった。自分で造った手筒花火が思い通りにきれいに揚がったときが最高ですね。今は市外で暮らす友人たちが祭りが近くなると帰ってくる。みんなで力をあわせて、一つのことに取り組むのが楽しい」と酒井さん。
豊橋祇園祭の手筒花火は太平洋戦争中も「長年の伝統を絶やさないために1本でも奉納したい」と氏子たちが苦労して作ったという。その心意気は今も息づいている。(2010年6月24日取材)
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