いよいよ、花火シーズン。花火は戦国時代の火薬兵器がルーツといわれるが愛知県三河地方は江戸時代から花火の製造が盛んで、今年も各地で伝統の花火大会や祭りが行われる。華麗な打ち上げ花火、仕掛け花火のほかに東三河では人が火花の噴出する筒を持つ勇壮な手筒花火が盛んだ。
その発祥の地が豊橋市・吉田神社。7月15日~18日には例祭「豊橋祇園祭」が行われ、16日に手筒花火が奉納される。祭りに情熱を燃やす男たちを訪ねた。(2010年6月24日取材)
東三河と静岡県の一部のみに伝わる手筒花火は、縄などを巻いた竹筒に黒色火薬を詰め込んだもの。この花火のすごいところは放揚(打ち上げる)する人が自らの手で手筒花火を製作することだ。
吉田神社は豊橋駅の北、国道1号沿いにある。国道沿いの入り口には「手筒花火発祥之地」の看板がそびえ立ち、境内にはモニュメントがある。
吉田神社の創建は不明だが、牛頭天王社と呼ばれた古社。源頼朝が深く崇拝したことから、江戸時代に頼朝の行列を再現した天王祭として誕生したのが豊橋祇園祭である。今年の例祭行事スケジュールはこちら。
社務所には豊橋祇園祭奉賛会の人々がゴールデンウイーク明けから連日、祭りの準備のために詰めている。奉賛会の稲垣昭八会長が取材に応じてくれた。
豊橋祇園祭の花火は五穀豊穣や無病息災などを願って氏子によって奉納されるもの。現在では宵祭に手筒花火、前夜祭に打ち上げ花火が奉納される。手筒花火の奉納は、吉田神社に残る記録によると「永禄元年(1558)天王祭礼祀ノ花火ト云フ事始メル」などとあり、鉄砲伝来のわずか15年後に始まった。
「手筒花火については現在、八つの町の氏子がそれぞれで20~40本を製作して奉納します」と稲垣会長。
手筒花火の製作工程などの詳細は次回に紹介するが、各町、各人にこだわりがあり、その作り方は長老たちから若者へと代々伝えられてきた。
手筒花火は地上に寝かせて点火、それを持って放揚する。火柱の高さは地上から10メートルにもなる。火柱は約30秒吹き上げて、最後に「ドウン」という大音響とともに筒の底が抜けて爆発する。これを「ハネ」という。
噴火した手筒花火を持つ姿勢も重要。社務所にある使用済みの手筒花火で稲垣会長に手本を見せてもらった。ハネのときに火傷しないように両足の間に筒の底を向ける。立ち姿も美しくなければならない。
稲垣会長は「私は28歳から50年、手筒花火を作って放揚してきました。初めはうまく作れず、放揚も無我夢中でしたね。それでも一度やったら、もういやだというものはいない。誰でも病みつきになる。5、6年で作り方も放揚も分かってきて、10年も経てば楽しくなる」と話す。
それにしても放揚中は熱くないのだろうか?
「火の出る手筒の口を肩の高さに保たないといけない。火の口の温度は1200度というから熱い。初めは熱くて、つい肩よりも上に上げてしまうが、それは格好悪いこととされているので我慢する。舞い落ちる火の粉は熱さを感じないね。黒色火薬に混ぜた鉄粉の火の粉が着ている刺し子の上に落ちてくるとシカシカと音を立てる。これがまたいいんだ。それと硝煙の匂いがいい」
稲垣会長に手筒花火の舞台となる吉田神社境内を案内してもらった。
手筒花火はまず本殿前の石畳で奉納される。長年、黒色火薬の鉄粉を浴び続けた石畳は赤茶けている。
その後、本殿向かって左側の敷地で奉納される。こちらがその場所。
「手筒花火の最大の魅力はハネ」と稲垣会長。
「ドウンという音と振動が気持ちいい。その時に見学者の腹がピクンとなるんだ」
(2に続く)
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