雨の休日や長い夏休み、子供をどこに連れて行こうか?と迷ったときにお薦めなのが日進市にある名古屋市交通局の「レトロでんしゃ館」。かつて名古屋市内を走っていた市電(路面電車)や開業当時の地下鉄の車両や関連設備などを展示、市電・地下鉄の構造やくわしい歴史も丸わかりという楽しい施設だ。(2010年6月20日取材)
「レトロでんしゃ館」は地下鉄・赤池駅のすぐ近く名古屋市交通局日進工場の北側にある。敷地の入り口に合体ロボの一部のような赤いモニュメントがどーん。
これは地下鉄4号線工事で、トンネルを掘るときに使われたシールドマシンの一部。これが回転して土を削りトンネルを掘っていくのだ。
さて「レトロでんしゃ館」(正式名・名古屋市市電・地下鉄保存館)は、名古屋の地下鉄のシンボルとして親しまれた黄色い電車(通称・黄電)が平成12年(2000年)4月に引退したのを機に同年6月にオープン。ちょうど今年が開館10周年。市民の足となってきた貴重な車両たちを後世に残し、その役割を伝えていこうという施設だ。
男の子なら誰もが小さい頃に憧れる乗り物。しかも入場無料。休日には多くの家族連れで賑わう。取材した日は雨の日曜日とあって午前10時の開館とともに多数の家族が来館、館内は熱気ムンムン。
さて名古屋の市電は明治31年(1898)に笹島~県庁前(現在の中区役所付近)間2・2キロを民間会社が走らせたのが始まり。京都についで2番目の電気鉄道だった。その後、次々に路線が延長されて、大正11年(1922)に民間から名古屋市に運営移管。当時、引き継いだのは市内の18路線(42・5キロ)、235両だった。
これはその時にできた名古屋市交通局(当時は電気局)の徽章。現在も受け継がれて、市バスの前面などに付いている。
昭和49年(1974)3月に市電が廃止されるまでに走った車両は、民間会社から引き継いだもの、新造車、改造車など25種類以上に及ぶという。
展示されているのは地下鉄車両を含めて計5両。順番に見ていこう。
まず1400型―。
昭和12年(1937)に現在の港区で開催された汎太平洋平和博覧会の乗客輸送のために「博覧会にふさわしい世界一の電車を」と製造された。現代でいえば愛知万博時に造られたリニモみたいなものか。市電廃業まで働いたというから驚きだ。
展示されているのは1421号車(昭和13年製造)。全面の「週刊文春」の広告、停車場の表示版も本物。
内部も見学できる。木製の床や座席の手すり(袖仕切り)が温かい。
座席に座り、つり革のぶら下がった車内を見ていると、この市電に乗った市民たちが心に宿していた、数え切れない喜びや悲しみが伝わってくるようだ。
シンプルな運転席―。
当時の子供たちも、ここで運転する運転手さんの姿に憧れたに違いない。
続いて3000型(展示は3003号車)―。
こちらは車体2つを連接してたくさん人を乗せることができるのが特徴。戦前の名古屋は軍需産業の拠点だった。太平洋戦争中の昭和19年(1944)、工場通勤者を短時間に大量に輸送するために製造された。昭和45年(1970)まで走った。車内はこんな感じ。
昭和37年(1962)当時の料金表が車内に掲示されている。それによれば普通券15円。
酔っ払って運転手さんに声をかけるおとうさんもいたのか、こんな注意書きも。
こちらは2000型(2017号車)―。
昭和31年(1956)~47年(1972)に活躍。車輪にゴムを挿入して騒音・振動を少なくした「無音電車」。その後、地下鉄車両にも生かされた技術だが、「しのび足の電車で危ない。警笛を大きくしろ!」と市民から批判も出たほどだったという。
最後は地下鉄車両。名古屋の地下鉄は昭和32年(1957)11月に名古屋~栄町間2・4キロで開業。東京、大阪についで3番目。当時走った黄電(100形)がこれ―。
当時の技術の粋を集めて製造、ボディカラーは杉本健吉画伯の選定。「暗い地下をウインザーイエロー(菜種色)で明るく走り抜けるように」というイメージだった。ちなみに杉本画伯は名鉄パノラマカーの赤色を決めたことでも知られる。展示は107号車、108号車。
100形は冷房車に改造できず、昭和63年(1988)に役割を終えた。冒頭で書いたように、それ以外の黄電も平成12年4月までに新型車両に置き換えられた。(2に続く)
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私は岡崎の出身でして、名古屋の市電は乗ったとしても物心のつかない頃で正直、記憶にありません。でも「レトロでんしゃ館」に展示されている市電に乗ったら、なぜか懐かしさを覚えました。それだけでも訪れた意味があったなと思いました。それと漁礁となった後に引き上げられた車体の残骸にはドラマを感じました。地味ですが、大人も色々と考えさせられる施設だと思います。
県庁の★(クロボシ) | 2010年6月26日 04:41 | 返信
果たして、何人の人が名古屋で市電が走っていたことを知っているんでしょうか。
市電のデザインは市バスに継承された感じですね。
黄電は、昔の名城線が黄色の地下鉄電車で、冷房がなく、暑い日は窓を開けて走っていた記憶がありますが、トンネルの中を、走るので、騒音がうるさくて、我慢出来なかったことを覚えています。
今や、全車両、冷暖房で良いですよね。
愛知県では、もう豊橋しか市電が走っていないので、寂しい限りです。