家康が腰掛けた伝説の巨石~長久手町・色金山歴史公園

(2010年6月17日取材)
1584(天正12)年に羽柴秀吉と徳川家康が唯一、直接対決した合戦「小牧・長久手の戦い」。
織田信長が「本能寺の変」で倒れた後、立場を強めていく秀吉に脅威を感じた織田信雄(信長の次男)が、家康に助力を求めたことに端を発した戦いです。

小牧でにらみ合いながら秀吉が送った岡崎攻めの別働隊の動きを、家康が察知して追撃。激しい戦いの舞台となったのが長久手。
主戦場となった長久手古戦場跡地には「古戦場公園」があります。リニモの駅が目の前にありますし、こちらを訪れてみた人は多いのではないでしょうか。
さて本日紹介するのは「小牧・長久手の戦い」ゆかりのもう一つの公園「色金山歴史公園」です。
古戦場の北に位置する色金山は徳川家康が陣を張った場所。
山頂には家康が腰掛けて軍議を開いたと伝わる巨石があります。歴史好きはこちらの公園も見なければ、絶対もったいない魅力的な地です。
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公園内は緑が豊富。風が気持ちよく吹き抜けます。
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木々の間から見えるのは展望テラス。
家康が座った巨石は、あの展望テラスの向こうにあるはず。
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木漏れ日の下にきれいな水をたたえる水場がありました。
「馬泉水広場」です。ここに徳川軍が軍馬に水を飲ませた泉があったといういわれが、名前の由来です。
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さらに歩くと墓碑がありました。
鴉ケ廻間で戦死した家康方の武将、伴若狭守盛兼の墓碑です。
墓碑の後ろ、円筒形の碑には「忠魂碑」と刻んでありました。
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盛兼の墓碑の先にある石段は「進軍のみち」。
ここを頂上まで登っていきましょう。
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床机石広場につきました。
家康が座ったとされる「床机石」は予想より大きく、石より岩のような印象。
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床机石から麓を見下ろす方向に「展望テラス」があります。
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見通しのいい広い展望スペース。さらに高い櫓の上に登ってみましょう。
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かつての合戦場の眺め。
400余年が過ぎた現在は、逞しく伸びる草木と人々の暮らす町が見られます。
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展望テラスの下には「家康軍議の図」と「進軍の図」の2枚の大きなレリーフがあります。
作者は夢童由里子さん。
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先ほど「進軍の道」を紹介しましたが、展望テラスの脇には「忍者のみち」もあります。
道の先にアスレチックの遊具がありました。
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「茶室胡牀庵(こしょうあん)」に行ってみましょう。
胡牀庵は愛知県犬山市の国宝茶室「如庵」を模した茶室で、茶室管理棟内には他に立札席と二つの和室があります。
午前9時30分から午後4時まで利用できます。
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抹茶サービスは250円。こちらのサービスは午後3時30分までです。
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立札席から美しい緑を見ながら一服。
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静かな散策も楽しめるおすすめの公園です。

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公園の近くには合戦で戦死した兵士たちを弔った安昌寺があります。
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開山した雲山和尚は池田恒興、池田元助、森長可ら豊臣軍の名将も密かに供養したそうです。
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安昌寺には「尾張城東西国三十三所観音霊場」の第一番札所「岩作観音堂」があります。
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寺の前には大きな菩提樹が。
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お寺の近くには雲山和尚が戦死者を弔うために建てた首塚があるとのこと。
そちらにも行ってみました。
首塚の前で手を合わせます。

天気のいい日は「色金山歴史公園」を散策しつつ、歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょう。


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