豊橋市の老舗和菓子店「若松園」では、小説家井上靖(1907-1991)ゆかりの菓子「黄色いゼリー」を復活させて、季節限定で販売している。「豊橋・味ものがたり」の2回目は、その誕生秘話―。(2010年5月18日取材)
井上靖といえば、「天平の甍」「氷壁」など数々の名作を残した文豪である(私のお薦めはハードボイルドな「闘牛」)。若松園と黄色いゼリーが登場するのは、井上の自伝的小説「しろばんば」。小学2年(大正4、5年ごろ)の夏休みに軍医の父の赴任先である豊橋市を訪れて、母らと若松園の喫茶部に立ち寄り菓子を食べる。
「黄色のゼリーで菓子をスプーンに入れるのが勿体ないように、洪作にはそれが美しく見えた。口に入れると溶けるように美味かった。(中略)言葉でいくら説明しても、説明できるとは思われなかった」(「しろばんば」より)
豊橋駅前で市電に乗り、「札木」駅で下車。東海道を歩いていくと街道沿いに「若松園」がある。
「いらっしゃませ」―。店の奥でおかみの山田泉さんが取材に応じてくれた。いかにも老舗のおかみといった感じの上品な方だが、お話に独特のユーモアがあり、かわいらしい店のキャラクターのデザインも手がける。少女のような感性をお持ちの女性である。
若松園の創業は江戸時代に遡り、明治35年(1902)に現地に開業した。明治期に売り出した和菓子「ゆたかおこし」は豊橋名物として知られる。
「しろばんばにも登場する喫茶部は、東海道(車道)を隔てた店の向かい側、今は駐車場になっているところにありました」
そういって山田さんが、今はない喫茶部の写真を見せてくれた。
「若松園は新しものを取り入れる店で、喫茶部の中には噴水もあったようです。昭和初期には文化人のサロンにもなっていたそうです」
井上は作品の中で具体的に店名を挙げて食べ物を褒めることはまれで、井上にとって「黄色いゼリー」はそれほど「衝撃的な味」だったようだ。
黄色いゼリーは戦時下の砂糖不足で製造中止となり、昭和20年6月の空襲で若松園の店舗は喫茶部も含めて被災。喫茶部も廃止した。文豪の愛した味は幻となっていた。復活したのは井上靖生誕100年の2007年のことだった。
「静岡県の井上靖記念館の館長様から、ぜひ黄色いゼリーを復活させてとご要請いただきました。そのころ当店でも記念品として復活を模索していた最中でした。偉大な井上先生のゆかりの菓子で商売することには躊躇しましたが、ご遺族や館長様に励まされて季節限定で販売することにしました」(山田さん)
レシピも焼失していたが、渥美半島の夏みかんを使っていたという先代の言葉を手がかりに山田社長が日向夏の果汁を使って復活させた。以来、毎年4月中旬から10月に製造販売している。
「自然な酸味を味わっていただくように無添加です」と山田さん。
曇天で、蒸し暑い昼下がりであった。美しい半透明の黄色いゼリーをスプーンですくって頂く。さわやかな涼風のように、程よく押さえられた甘酸っぱさが口内に広がった。ゼリーに混じる一房の甘夏みかんをかむと、夏休みを待ちわびた少年の日を思い出した。
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手に入れた若松園の和菓子はブログ仲間らといただきましたが、全員おいしさに驚いていました。未知のおいしさに出会うことは人生の喜びの一つですね。かまやん情報、今後も期待しています。
かまやん | 2010年6月18日 09:06 | 返信
夏場はワラビ餅等、口当たりのいいお菓子もあるし、ここのお菓子、全て無添加なんですよね。
「黄色いゼリー」も素朴な甘さが好きです。
意外と知られていないのがカステラ。
長崎の物より美味しいと思いました。