旅を続けていると、各地で伝説、奇譚、伝承を聞く。今回はとびきりの秘話に出会った。舞台は岐阜県境の丹羽郡扶桑町―。旅の後半には、さわやかな光景が待っていた。(2010年5月14日取材)
名鉄扶桑駅を下車、商業・住宅街を抜けて、のどかな田畑が広がる中を西に向かって歩いていくと、目指すお寺があった。臨済宗妙心寺派顕宝寺。扶桑町への旅を思い立ったとき、まずは見たいと思ったのが、この寺にある鋳造誕生仏立像(愛知県指定文化財)であった。
誕生仏とは4月8日のお釈迦様の誕生を祝う花祭の際に、法会の本尊として祀られる小さな仏像のこと。右手を高く挙げて左手で地を指している。花祭では、花御堂という小さなお堂の中に置かれて参詣者が甘茶をかける。
顕宝寺の誕生仏は同寺で原則として毎年4月第一日曜日に行われる灌仏会(花祭)にしか公開されないが、橋本大智住職から特別な許可を得て撮影取材を許された。
奈良博物館の鑑定によると、誕生仏は金銅鋳造で台座を含めた高さ10・45センチ、仏高7・8センチ。誕生仏としては類例の少ない平安時代の作で、上半身にタスキのような「条帛(じょうはく)」をつけているのも珍しい。
橋本住職から、誕生仏にまつわる、なんとも不思議な話を聞くことができた。
話は昭和28年(1953)にさかのぼる。「町内に住む男性がたばこ店でたばこを購入したのですが、つり銭が足らなかったため、店の人が代わりに宝くじを男性に渡しました」(橋本住職)
後日、抽選の結果、その宝くじが100万円の当たり券となった。散財してはいけないと男性は当せん金で花御堂を造り、菩提寺である顕宝寺に寄進した。これが、その花御堂―。
それから12年後の昭和40年(1965)―。花御堂を寄進した男性の息子が、寺から数百メートル北の畑で耕作中、土中に埋まっていた誕生仏を発見した。それが、鋳造誕生仏立像である。少しでも多数の人にお参りしていただけるようにと寺に寄進された。
親子二代にわたる不思議な話の余韻に浸りながら、私は次の目的地である町の中央公民館に向かった。
「ようこそ。お待ちしていましたよ!」。受付で名乗ると元気のいい女性が出迎えてくれた。町教育委員会生涯学習課社会教育指導員の河野すいさん。河野さんには同公民館にある町の2つの文化財を紹介してもらう約束だった。
「これが頭椎直刀(かぶつちちょくとう)」です」
昭和29年に町内の畑尻遺跡から出土した古墳時代後期の太刀である。現長124・5センチ、刀長105センチ。「頭椎」とは古代の太刀の様式の一つで柄頭(写真左部分)が椎(槌)状に膨らんでいることからこう呼ぶ。
「これは、すごくきれいでしょ!」
そう言って河野さんがロビーで大きな和傘を広げた。儀典用端折長柄傘、通称・つまおり傘である。
もともとは寺社の儀典で使われたものだが、近年は茶の湯の野点などで見たことがある人も多いのでは。古代から使用されていたが、扶桑町には室町時代から製作している尾関家があり、つまおり傘は町の無形文化財に指定されている。
公民館の前に扶桑文化会館があり、河野さんの案内で見学させてもらった。伝統芸能からコンサートまで多目的に使える本格的な舞台がある。最近は歌舞伎や落語などで町外からも多くのファンが訪れる。
「天気が良いので、木曽川沿いを歩きませんか?」
河野さんに誘われて、町の北に流れる木曽川沿いの緑地公園に向かった。
正式名・木曽川扶桑緑地公園―。木曽川に沿って遊歩道があり、ウイークデーだがたくさんの人がウオーキングをしている。川と遊歩道の間に木々が生えている。遊歩道にはところどころに木陰があり、沿道には花が咲き誇っていた。木々の合間から吹く川風は新緑の香りを連れてくる。
上流の山懐に犬山城が見えた。対岸はもう、岐阜県である。いい散歩道を見つけた。


























