大治町「明眼院」で眼の健康を願う

(取材日2010年5月12日)
今日は海部郡大治町にやってきました。
大治町には日本初の眼病治療所になったお寺「明眼院(みょうげんいん)」があります。
名古屋から行く場合は「名鉄バスセンター」から津島方面行きのバスに乗り「大治役場前」で下車。明眼院はバス停からだと町役場よりも近くです。
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入り口の両側に迫力のある像が建っているので、すぐに見つかるはず。
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運慶作とも伝えられている「仁王像」。
何となく取材の腕章を像に見せて、通りました。
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明眼院は平安時代の802(延喜21)年に僧聖円により開基された天台宗の寺院です。
創建時の正式名は五太山安養寺(ごたいさん あんようじ)。
最初は仏法を学ぶ大道場として知られるようになったそうです。
その後、戦火で寺の大部分が消失し、荒廃しましたが、室町時代初期に馬嶋清眼によって再興され、医王山薬師寺(いおうさん やくしじ)に改名されました。
この時期に清眼による眼病治療が始められたそうです。

以来、日本最古の眼病治療院として、多くの人が訪れたといいます。
名声を決定づけたのは1632(寛永9)年。後水尾天皇の第三皇女の眼病を治したことで「明眼院」の名をいただき、後に勅願寺となったのです。
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そういえばバス停からの曲がり角に「勅願所」と彫った石碑がありました。
「天台宗の寺院ですが、それ以外の方も眼病よけのお祈りで、たくさん訪れていただいています」とご住職の渡邉さん。

院内を案内していただきました。
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これは江戸時代、天保年間に作られた水受け。「眼病人」の文字が彫ってあります。
戦国時代は織田信長、福島正則ら、江戸時代には尾張徳川家の保護を受け、多くの人の治療にあたりました。画家の円山応挙、国学者本居宣長の子、本居春庭などが治療に訪れました。
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明眼院には多数の文化財が保存されています。
宝物を保管している「多宝塔」は鎌倉時代の創建。もう、この建物自体が宝物です。
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せっかく取材に来たのだからと、ご住職が塔の扉を開いてくださいました。
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室町時代の作といわれている「大日如来像」。
写真を撮った後、しばらく眺めさせていただきました。

明眼院には他にも「涅槃図」を描いた掛軸など、貴重な宝物があります。
涅槃図は年に一度、4月の縁日が出る時に一般公開されるそうです。
大日如来像はご住職がいらっしゃる時なら拝見をお願いできるそうですが、事前に問い合わせをしてください。
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続いて裏庭を拝見させていただきます。
治療に訪れた作庭家の小堀遠州が、お礼として作ったとされる裏庭です。
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宗教弾圧を受けた犬山のキリスト教徒が、安全な勅願寺に持ち込んだ「キリシタン灯篭」。
天台宗以外どころか、こういった灯篭まで大事に守ってあげたのですね。
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ひょうたん型の池のふちを歩きながら、庭を堪能。
記者の感想ですが、美しい技巧よりも生い茂る緑のエネルギーをより感じる庭なのです。
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これは加藤清正が高句麗遠征をした時に持ち帰ったといわれる「高麗灯篭」。
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裏庭以外にも院内には様々な木々が植えられています。
どの季節に行っても緑が楽しめそうです。

今は眼病治療はやっていない明眼院ですが、お参りして美しい木々を見て帰れば「眼にいい一日を過ごしたな」と思えるのではないでしょうか。
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明眼院のすぐお隣には神社があります。
神仏分離により、今は地域の皆さんに管理していただいているそうです。
心地よい風が抜ける気持ちのいい境内でした。

東京国立博物館にある書院「応挙院」は、江戸時代中期に明眼院に建てられたものを移築しています。応挙院では円山応挙の描いた障壁画を見ることができます。


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コメント

Author Profile Page タケモト から加藤俊男への返信 | 2010年5月21日 09:58 | 返信
コメントありがとうございます。大治町役場に行くと、建物の脇にも町指定の有形文化財「宝篋印塔」があったりして、いろいろ面白い町歩きができそうだと思いました。また大治町に取材に行きたいと思います。気になる記事がありましたら、またコメント宜しくお願いいたします。

加藤俊男 | 2010年5月19日 17:33 | 返信
 平安時代から室町時代、戦国時代と歴史を感ずる「仁王像」の木目。
鬱蒼とした寺院の森。ひょうたん型の池、美しい技巧よりも生い茂る緑のエネルギーをより感じる庭など、感性溢れる表現ですね!。
 海部地域は、多くの武将のふるさとですが、織田信長、福島正則らが治療に訪れたとのこと、素晴らしい観光資源ですね!

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