以前、本ブログで紹介したトヨタ博物館(長久手町)から「スモールカーの企画展と走行披露がありますよ」と耳寄りな情報。さっそく取材にGo!(2010年3月20日取材)
「スモールカー」とは排気量660ccの軽自動から1000ccクラスのリッターカーなどのこと。経済性と実用性から大衆に愛されている車たちだ。今回に企画展ではその歴史や技術、人気車の秘密などを車両12台を始めカタログ、ポスターなど豊富な資料で紹介。6月27日まで。
2階会場に入ると、まず展示されているのがダットサン11型(1932年)。
日産自動車の前身、ダット自動車で生産された約150台の中の1台。ダットサンは戦前の日本の小型自動車の代名詞で「スモールカーのルーツ」と位置づけられている。同博物館によると1932年当時は無免許で乗ることができた。トップスター水の江滝子がCMに起用され、映画にも登場して人気を呼んだ。
昭和30年(1955)5月、通産省(当時)が国民車育成を目的に「国民車構想」を打ち出す。その発想の原点となったのがフライングフェザー(1955年)だ。
「軽々と飛び交う鳥の翼を構成する軽くて丈夫な羽のようなクルマをつくりたい」
そう考えた元日産自動車のデザイナー富谷龍一が設計、住江製作所が製作。350cc、合理的なスタイリングと必要最低限のメカニズム―。この車を見た通産省技官が国民車構想を草案したという。
日本を動かした車。英国の自動車雑誌は「スタイルは不恰好だが、合理的。極東の小さな島国の狭い道にふさわしいクルマ」などとヘンな褒め方をしている。しかし、そこに秘められた志もスタイルもかっこいいぞ!
軽三輪トラックというとダイハツミゼットが有名だが、これに対抗して愛知機械工業が1959年に発売したのがコニー。コニーとは「兎」の古語とか。
さて日本に軽自動車を普及させた歴史的な車が富士重工のスバル360。この辺りから私には懐かしいクルマが登場してくる。
てんとう虫のような愛らしい曲面ボディ。大人4人が乗れて、快適な乗り心地のサスペンションは「スバルクッション」と呼ばれた。昭和45年5月まで39万2000台余を販売。私の子供時代は町中に溢れていたなあ。
トヨタの「国民車構想」への対応車として登場したのがトヨタパブリカデラックス。
「大衆車」という新しいカテゴリーをもたらしたこの車、昭和36年(1961)に誕生、販売当初のスタンダード仕様は販売台数が伸びなかったが、昭和38年(1963)にデラックス車が登場。性能、装備の良さが支持されて大衆車市場をリードした。
そして出ましたホンダN360(1969)。ウチの死んだオヤジが初めて買ったのがこの車。つまり我が家のマイカー第1号でした。
31馬力、最高時速115キロというそれまでの軽自動車の技術レベルを超えて、低燃費も実現。他車より5万円以上安いというのもウリだった。
ひときわかっこいい赤いスモールカーは英国モーリス社のミニマイナー。
「ボディはより小さく、室内はより広く」をコンセプトに開発。「小型車の革命」と言われ、500万台以上が生産された。
このほかスズキアルト、ダイハツムーブ、マツダデミオ、トヨタヴィッツと名車が展示され、その人気の秘密、エピソードが紹介されている。
面白いのは、それぞれの時代を感じさせるカタログや当時の各界のスターが起用されたポスターなど。これを見ているだけでも楽しい。
そして名古屋で作られた軽自動車「オートサンダル」の旧生産工場などを学芸員がフィールドワークした記録はクルマへの情熱が伝わってきて泣かせます。
4月4、11、25日に学芸員によるトークがある。時間は11時半~と14時~
さて次回は博物館の駐車場で行われたスモールカーなどの走行披露をレポート。必見です。
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