(2010年1月24日取材)
《前回までのあらすじ》
碧南市の「哲学たいけん村 無我苑」で瞑想体験にチャレンジしたタケモト記者は「取材してみたい場所があったら積極的に行ってみよう」と心に誓うのだった。その後、無我苑からスタートする「哲学の小径」を発見した記者は、迷い無く小道に足を踏み入れるが...。
と、いうわけで「哲学の小径」を歩きます。
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「無我苑」にもあった哲学者の言葉が書かれた碑(サイン)が、道の脇に建っています。
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ほどなく応仁寺に出ました。
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応仁寺への石段を登りきると、境内にテントが張ってあり、何だかとても賑やかです。
近づいて声をかけてみます。
お寺の「世話方」を務めている岩崎さんという方が、笑顔で対応してくれます。
今日は応仁寺の大切な宝物を奉納する日なのだそうです。
「盗難にあった宝物が20年以上の時を経て、帰ってきたのです」
そういえば新聞で読んだ記憶があります。
興味津々の記者に「世話方」の杉浦さんが、宝物の盗難と帰還の顛末を教えてくれました。
応仁寺の歴史と合わせて、記者なりにまとめてみます。
応仁寺は蓮如上人がこの地に滞在し、浄土真宗布教の拠点となったことを記念して創建されたお寺といわれています。
蓮如上人に再び帰ってきて欲しいとの思いから、住職を置かず、ずっと無住無壇を続けているそうです。
事件は1987年。寺が大切に保管していた蓮如上人真筆の掛け軸や仏像など、計49点が盗難にあいました。
49点のうち蓮如上人関連の10点は当時、碧南市の文化財に指定される予定だったもので、盗難後には管理責任者だった世話方総代が責任を感じて自殺してしまったそうです。
それから20余年を経た2008年。
西尾市の僧侶が応仁寺の宝物と思われる29点を、骨董業者で発見。応仁寺のためにと現金555万円で買い押さえ、連絡をくれたのだそうです。
すでに時効は過ぎていたため、応仁寺関係者は何度も話し合いを持ったそうです。
盗まれた品を買い戻すことに抵抗感もあり、最初は反対意見も多かったが、区民や市文化財保護委員などの賛同もあり、昨年、買い戻すことが決定しました。
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お寺の本堂に入らせていただきました。
正面の祭壇以外の壁には、帰ってきた掛け軸29点が吊るされています。
法要まで、まだ時間があるようですが、多くの住民や文化財の愛好家が展示された宝物を眺めていました。
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これが蓮如上人真筆の4幅。
歴史の長さと文化価値、数奇な盗難と発見、関わった人達の悲喜こもごも。
その重みに胸が一杯になります。
宝物は一般公開の後、大切に保管されることになります。
とてもいいものを見せてもらったので、少しだけ志納させていただきました。
いつか49点全てが、皆さんの前に戻ってくることをお祈りします。
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応仁寺から道を渡り「油ヶ渕遊園地」へ。
「花しょうぶまつり」が行われる「花しょうぶ園」があります。
花しょうぶはまつりのある6月が見ごろ。
そこで今日は園の入り口にある「如光堂」を見る。
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蓮如上人の弟子になり、この地に案内した佐々木如光をまつっています。
この地方に浄土真宗を広める努力をした方だそうです(この話も先ほどの杉浦さんに聞きました)。
花しょうぶ園を奥まで進むと県下最大の自然湖沼「油ヶ淵」にたどり着きます。
「哲学の小径」はここで終了。
最後に冬の太陽の光を受けて輝く水面を撮りました。
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無我苑を見るために訪れた碧南市。
目的地から、さらに足を伸ばしたおかげで、新しい発見や出会いがありました。
こういう出来事があると、街を歩く魅力に取り付かれます。
思い出深い街になりました。
これからもばりばり取材にうかがいますので、各市町村の皆様、宜しくお願いいたします。
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らくだ | 2010年4月20日 09:58 | 返信
花菖蒲咲く六月、同じコースを歩いてみたい。
帰りに立ち寄るべき酒家あればご教示を。
コメントありがとうございます。らくださんのコメントがあった日に、ちょうど応仁寺さまから4幅の掛軸が碧南市文化財に指定されたことを知らせるお手紙が届きました。今年は天候不順の日々が続きますが、きれいな花菖蒲が咲いてほしいです。お酒を楽しめるところに関しては取材不足で、お役に立つ情報がありません。せっかくご質問いただいたのに、申し訳ありません。今後も気になる記事があれば、コメント宜しくお願いいたします。