(取材日2009年9月17日)
皆さんは幕末、田原の地に渡辺崋山という偉人がいたことをご存知だろうか。
今回は田原市街を歩き、地元に愛される崋山先生ゆかりの史跡を訪ねてみた。
崋山先生は家老として田原藩の繁栄に尽力、全国で大きな被害を出した天保の飢饉では「民の救済が最優先」と説き、多くの民衆を救った政治家なのです。
学者としては西洋事情を学び広く外国と日本の関係を考え、さらには画家としても多くの名作で高い評価を受けたマルチな才人なのだ。
最近歴史がブーム。愛知県も「武将観光」や検定など力が入っている。
かくいう私もそのブームにのって、ほうぼう見て回っている。
甲冑を勇ましく着た武将もいいが、先生のような「民に優しく、外国を学び自国を憂え、絵も描く」端正な人にも心ひかれます。
まず先生が藩士として活躍した田原城の城跡を訪ねる。
木々に囲まれた門を見ると、美しい城であった当時がしのばれます。
かつての本丸は現在、神社です。
城跡の中を行くと田原市博物館があります。
常設展示室では多才な先生の生涯をさまざまな角度から、知ることができます。
右は子供のころの崋山少年像。無礼を受け、怒りと立志で燃え上がっていた時の姿です。
先生の活躍を学んだ後にあらためて城跡の中を歩く。草木が伸びる美しい静かな風景。
右は先生の碑。表面に文字が刻まれているのは見えるでしょうか?
漢文なので記者には解読不能。博物館に問い合わせると内容が分かるそうです。
博物館の入場券で桜門正面の「田原市民俗資料館」にも入れます。
こちらは江戸時代以降の庶民の暮らしが分かる多くの資料が展示されています。
お堀に沿って歩いていくと「崋山神社」にたどり着きます。
おみくじを引くと中吉。とても大切な物を失くしたばかりなので「失せもの見つかる」の実現を期待したい。
徒歩5分ほどにある「池ノ原公園」は、「蛮社の獄」に巻き込まれ失脚した先生が蟄居した家の跡地です。
先生はここで晩年を過ごし、切腹をして多くの人に惜しまれながら生涯を終えました。
公園全体も静かな本当に素朴な空間。
公園入り口付近に抹茶が飲める茶室「池ノ原会館」があります。
崋山先生を巡る旅のラストは先生のお墓がある城宝寺。
付近の道路は細く入り組んでいるので、車で入っていくのは結構大変そう。
先生のお墓。右は母、左は妻のお墓です。
本堂奥の崋山霊牌堂に入り上を見ると、一面鮮やかな花々を描いた天井画。
松林桂月をはじめ日本有数の画家や書家が描いたもので、画人でもある先生だからこそ、これほどの作品群が寄せられたのでしょう。
仰向けに寝てしばらく上を眺めていたい衝動にかられますが、正座したままカメラを上へ向けて撮影。
崋山先生ゆかりの跡地は華々しく装飾されたり、大々的に宣伝されたりしていません。
本当に自然に街の中に存在している。でもその生涯のように豊かな顔を持っている。
落ち着いた風景を眺めて歩きながら、最後に城宝寺の天井画にたどり着いた時、藩士として倹約を奨励しながら美しい絵画を愛した崋山先生の真っ直ぐで温かな笑顔を想像してしまうのだ。
田原市博物館(田原城跡)
住所 田原市田原町巴江11-1
電話 0531-22-1720
HP http://www.taharamuseum.gr.jp/
崋山神社
住所 田原市田原町巴江12-1
電話 (0531)22-1700
池ノ原公園
住所 田原市田原町中小路
電話 (0531)23-3531(田原市生涯学習課文化財係)
城宝寺
住所 田原市田原町稗田50
電話 (0531)22-0076
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あいえふ | 2010年10月25日 11:03 | 返信
天井画、素敵です!
ルブ | 2010年10月15日 01:20 | 返信
渡辺崋山はもちろん知ってましたが、まさか田原藩の藩士だとは知りませんでした。尊敬すべき崋山先生ゆかりの田原市を是非訪れてみたいです。
コメントありがとうございます。渡辺崋山のような素晴らしい政治家がいたことを、いろんな形で広めていけば、現代にも現れるのかも。また気になる記事があればコメント宜しくお願いします。
ワタナベ | 2010年10月 6日 09:40 | 返信
渡辺崋山のような立派な政治家は現代には居ないのかな。